戦国武将に学ぶ健康長寿の秘密 ①
|~戦国武将の日常生活とは?

戦国時代の平均寿命をご存知でしょうか?
その年齢はなんと37~38歳。現代では考えられない程に短命です。そんな時代の戦国武将。戦死する方も多かったと思いますが、長寿で活躍した方々が数多くいらっしゃいます。

今回の健康情報は、2回シリーズで戦国武将の生活からその長寿の秘密を探っていきます。

長寿の戦国武将、こんなに多かった!

戦国時代の武士の中には、以下のように長命で活躍した方々が数多くいらっしゃいます。

長寿な戦国武将一覧

滝川 益氏 108歳 北条 幻庵 97歳 真田 信之 93歳
鬼庭 綱元 91歳 北条 早雲 88歳 島津 義弘 85歳
尼子 経久 84歳 宇喜多秀家 84歳 細川 忠興 83歳
鍋島 直茂 81歳 武田 信虎 81歳 本田 正信 79歳
島津 義久 78歳 今川 氏真 77歳 徳川 家康 75歳
毛利 元就 75歳 藤堂 高虎 75歳 立花 宗茂 74歳
毛利 輝元 73歳 織田 信雄 73歳 伊達 正宗 70歳
豊臣 秀吉 62歳

皆さまの好きな武将は入っていましたでしょうか?戦国武将に数えられる人々は、当時一定以上の成功を収めた方々です。当然庶民に比べて栄養状態や生活の状況など恵まれており、長寿であることもあたり前のようにも思います。しかし、その分を差し引いても現在ほど医療が発達していないこの時代において、長命な方々が多いように思います。その秘密が、戦国武将の毎日の生活にあると考えられます。

戦国武将の日常生活をチェック。現代にも通用する健康習慣があった!

図解 戦国武将(池上良太 著)では、戦国武将の日常生活(1日の生活パターン、体の鍛え方、頭の鍛え方、食事)を以下のように紹介しています。

戦国武将の1日の生活パターン

戦国武将の起床時間は午前3時から午前5時までの間。夜襲を警戒する目的もあったそうです。屋敷の点検、水行で神仏に礼拝の後、身支度や家人へ用事を申し付けます。城勤めの武将は、午前6時には出仕していました。ただし、毎日ではなく、必要に応じて出仕していたようです。朝食は午前8時頃。弁当を持参することが多かったようです。君主によっては、武将の朝食を準備していました。

身分や役職によって城での仕事が異なり、身分の低い者は、馬の世話や城の備品管理などの雑用や警備を主に担当しました。それ以外の者は、役職に応じた仕事を行いました。例えば右筆(文書や記録をつかさどる職)であれば書類の作成などです。城に出仕しない日も武将は多忙です。身分の高い武将は自らの領地の管理や接待、身分の低い武将は生活の糧を得るために畑仕事などに従事していました。

午後2時に夕食(当時は1日2食)。午後6時には門を閉めて、屋敷の点検や火元の確認を行い、午後8時には就寝していました。1)

戦国武将の体の鍛え方

戦国武将は、戦場での活躍が求められます。その為に仕事の合間に体を鍛え、戦場で役立つ技を修練しました。刀や弓、槍、鉄砲に加え、馬、組打(素手での格闘術)、水練(水泳)、忍術などの武芸です。優れた人物を選んで弟子入りし、効率よく学んでいたそうです。2)

戦国武将の頭の鍛え方

文武両道と言われるように、武士は様々な教養も身につけていました。子供の頃には主に禅宗の寺院で基本的な読み書きや経文、武家のしきたりや一般常識などを学びました。大人になってからも、公家との交渉など必要により蹴鞠、絵画、立花、香道など貴族的な文化も学んだと言われています。3)

戦国武将の食事

食事の内容は一汁一菜が基本でご飯(玄米や雑穀)の量が最も多く、1回の食事で2合5勺(今の茶碗5杯分)も食べていました。汁物は味噌汁や塩汁など、おかずは野菜や海草、蒲鉾や納豆などの加工食品、梅干し、漬物、鳥類や魚の肉などさまざまです。このように普段の戦国武将たちの食事は質素なものでした。4)

戦国武将は、早寝早起きで、体、頭共に鍛え、質素な食事をしていたことが分かります。次回は、このような生活からわかる戦国武将の長寿の秘密及び、長寿な武将として知られる徳川家康の長寿の秘密についてご紹介致します。

参考文献
1)池上良太(2010)「図解 戦国武将」新紀元社,PP.56-57
2)同上,PP.58-59
3)同上,PP.60-61
4)同上,PP.46-47
2018.10.09
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